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秋山ちえ子の訃報.彼女の人生/息子/出身高校などを振り返る

      2016/08/16

☆訃報・秋山ちえ子さんがご自宅で亡くなる


[http://www.ninjintei.jp/parapara/0504/image345.jpg]

悲しいニュースですね。。。御歳なんと99歳。東京都の目黒区にある自宅で、息を引き取りました。死因は呼吸器感染症とのことです。彼女の葬儀は近親者のみで、ひっそりと行われたそうです。簡単にですが、彼女のプロフィールを見てみましょう。

☆秋山ちえ子のプロフィール


[http://pds.exblog.jp/pds/1/201210/17/03/b0278103_16414167.jpg]

 

本名:橘川ちゑ(きっかわ ちえ)
出身:宮城県仙台
生年月日:1917年1月12日
出身高校:東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)

受賞歴
1991年:第39回菊池寛賞、
1997年:東京都文化賞
1999年エイボン女性大賞

☆秋山ちえ子の息子について

長男の名前は秋山匡一さん。
詳細な生年月日等はわかっていませんが、
おそらく第二次世界大戦中の混乱の中生を授かったのだと思われます。

彼は1961年に自身の夢を追いかけるため、大学への進学ではなくコックの道を進みました。なぜ彼がそれほどまでコックに惹かれたのか、それは高校時代に家族で日本橋のレストランに食事をしに行った際、そこのコックさんの「働く姿」に影響を受けたからです。しかし時代は高度経済成長期へと向かい進んでいく真っ只中。大学への進学率もどんどん上昇し、現在まで残る終身雇用制度なども確立してきた時期でした。

そう、いい大学に入っていい会社に入る、それこそが安心で安全な人生なのだと
誰もが心の底から思っていましたし、当時は実際そうだったのでしょう。

しかし、それでも彼は、夢を追いかけた。
そして母・秋山ちえ子さんもそれを尊重したのです。

なんと...
この一連の流れ、昼ドラになっちゃったようです(;゚Д゚)

タイトルは「いつか青空」
1964年の1月から約半年間放送されました。

完全にノンフィクションのドラマ。

それほどまでにこのコックの選択を取った事が
世間としてはもの珍しかったのでしょう...

すごいな...(+o+)

☆超長寿番組『秋山ちえ子の談話室』


[http://tbsradio.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/08/15/p1010277.jpg]

彼女は放送ジャーナリストとして40年以上もの活躍をされ、

TBSのラジオ長寿番組『秋山ちえ子の談話室』を

本当に長い時間継続して出演されました。

この番組に関しては、正確には45年のようですね。

この番組は
平日の朝に放送されていました。

エッセイストの秋山ちえ子さんが
毎回一つのテーマについて語るという形式だったようです。

・・・すいません一回も聞いた事ありませんでした<m(__)m>

普段私たちが目にする新聞やテレビ番組では

取り扱いが避けられてしまう身近な怒り・疑問などに対し、

自身の考えをリスナーの皆さんに届けていたんですね。

プロフィール欄に書いた
菊池寛賞は、この番組の功績が認められたことによって与えられたのです。

ちなみにこの番組、
1957年9月2日に『昼の話題』として始まったのがきっかけだったそうです。

このころはまだTBS等というかっこいい名前ではなく、
KR(ラジオ東京)と呼ばれていたそうです。

最初に紹介した『秋山ちえ子の談話室』に名称が変更されたのは1970年の事です。最初から最後まですべてを合わせた総放送回数は12,512回。秋山ちえ子さんただ一人で45年にもわたって放送し続けてきた世界的にも長寿で・珍しい番組でした。今回の、秋山ちえ子さんの訃報を知って、ネットではこのような声が流れています。

「秋山ちえ子さんは本名ではなかったのか・・・!」

終戦記念日に朗読をしてくださる、
「かわいそうなぞう」が今でも耳に残っています。
ご冥福をお祈りいたします。

「毎日のようにラジオ聞いていたのに・・・ショックだ」

99歳まで天寿を全うされた秋山ちえ子さん。
彼女の半生にも及ぶ時間のラジオ放送は、きっと多くの人の心に残っているでしょう。

非常に残念ですが、、、
ご冥福をお祈りいたします。

それでは今日はこの辺で!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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